Love until it hurts.

 今日は、ちょっとした用事があり母校の東洋大学にいってきました。
 
僕らが入学したときは、ぐずれかかった校舎にいろんなサークルがごちゃごちゃと入っている、まるで舞台装置のようなキャンパスでしたが、今は見る影もなく近代的な美しい高層ビルとなっていました。用事を早々に済ました後は、ミサに参加しようと思い、四谷のイグナチオ教会へ。
 
ミサまで少し時間があったので教会の中を散策すると偶然、マザーテレサの生誕100年の写真展をやっていました。生誕100年ということは、大野一雄先生と同世代なのだな改めておもいながら、写真とともに添えられた彼女の言葉に見入ってしまいました。
 
その言葉はどれも素晴らしいものですが、まるで舞踏の稽古のための言葉と思ったものをかきとめました。(もちろん私の思い込みです)
 
それがLove until it hurts.とBy the deahs of ourselves,we can live more fully.です。
 
企画者のコメントにマザーテレサの墓は、悲しみの場ではなく彼女が語りかけてくる喜びの場だというようなことが書かれていましたが、来月行われる大野先生のお別れ会も参加者が同じように感じられる会になるといいなと感じました。それは故人に、愛に対する深い理解があったからこそ成り立つものではないでしょか。
 
 
 
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先生ありがとう

 大野先生がお亡くなりになってからまだ2週間。
 
ご葬儀は密葬だったため、葬儀の日まで連日多くの方が弔問にいらっしゃりその対応に大忙しでした。
 
ご葬儀が終わってからは、大野家も稽古場も静かな時間が流れています。稽古もまだ再開されず、沢山の花の手入れに何人かの生徒が訪れるのみです。
 
先日その稽古場で踊らせていただきました。前日偶然にも写真家の吉田さんの訃報をお聞きしたこともあり、吉田さんへの追悼と先生への感謝をこめて踊らさていただきました。
 
稽古場は先生の肉体そのもの。稽古場のシンクやテーブルのを使い吸い尽くすように踊らせていただきました。
 
先生の撮影を長い間続けてきた川上紀子さんも立ち会っていただき「加藤さんが先生に遊んでもらっているようだ」と言っていただきました。
 
心の中の喪失感は、そう簡単には埋まりませんが、一歩を踏み出す気持ちの整理が少しできたような気がします。
 
映像を撮ってくれた田中君、音響を手伝ってくれた辻元さんそして川上さん、付き合ってくれてありがとう。
 
いずれ動画をアップします。
 
 

刑場への道

 昨日は門田先生の個展「刑場への道」を観に銀座の港房ギャラリーへ行ってきました。
 
ギャラリーに行く途中で屋久杉を写した津田洋甫氏の写真展を偶然発見。キャプションの解説によるとアメリカでの個展のとき「この写真は聖なるパワーが宿っている」と牧師さんに言われたそうです。会場に行く前にたっぷりと屋久島杉のパワーをいただきました。
 
刑場への道というのは舞踏の死刑囚の歩行に通じるところがあり、多少緊張しながらギャラリー会場へ、しかし実際の絵は黄色を基調としたむしろさわやかさを感じさせるものでした。
 
ところがよく観ると死刑囚の視点から絵が構成されておりさわやかな黄色が緊張感を持って迫ってくるのでした。
 
初日ということもあって会場には映画魂の糧のプロジューサー尾形さんや画家の馬場まり子さんの姿もありました。
 
会場ではおいしいお酒もふるまわれ、その流れで銀座、有楽町と飲み会が続きました。